12月の展望ネット句会の題は、「騙す・騙される」ということですが、この出題には何らかの意図があるのでしょうか?
鈴鹿では、「集まる・集める」のように、対応する自動詞と他動詞がある場合、併記した題にすることが多かったと思います。
これは、たとえば「集まる」の題に「集める」はどうか?とか、「集める」を使った句だけど内容的には「集まる」だし、などと、作者や選者をいたずらに悩ませることのないようにという意図だと思います。
今号の展望の課題吟に「重ねる・重ねない」があります。
ちょっと「あれ?」と思ったのですが(ちなみにもう一つの題は「振る」で、「振る・振らない」ではない)、「動詞の題の場合、否定形でもいいのか?」という疑問はよく聞くので、こういう題にしたのかなあと単純に思っていました。
ちなみに私自身は、動詞の題、たとえば「重ねる」なら、「重ねない」だろうと「重ねれば」だの「重ねろ」だろうと、どのように活用させても可と考えています。
ですので「重ねる・重ねない」の題は、「重ねる」だけでいいのになあ、むしろ「重ねる・重なる」の方が親切なのになあと思っていました。
ところが、「騙す・騙される」には、ちょっと立ち止まってしまいました。
「騙す」だけでちゃんと題になるのに、たくさんある活用形の中から、あえて「騙される」だけを採り上げて併記したのは、何か意図があるのか?と思ったのです。
この辺り、出題者にちょっと教えていただけると、また出題者以外の方に考えを聞かせてもらえるとありがたいです。
展望のことをここに書くのも何ですが、展望のHPには書き込み欄がないので(作れという意味ではない)、こちらに書きました。
「騙す・騙される」の出題者の竹里です。
種明かしをします。
久美子さんがおっしゃるように、「鈴鹿では・・・自動詞と他動詞がある場合、併記した題にすることが多かった」が私の頭にもあり、「騙す」だったら「騙す」(自動詞)と「騙される」(他動詞)と思ってしまったのが今回のミスの原因です。
久美子さんご愛用の「新明解国語辞典」で調べてみると(他の辞典でも一緒やけど)、「騙す」は他動詞なのですね。
というわけで、久美子さんが考えておられるような特別な意図はありません。すべてを忘れて、「騙す」で考えてもらえば結構です。
なお、『川柳展望』の課題吟「重ねる・重ねない」は私の出題ではありませんので、その意図はわかりません。
以前、「柳論自論」にも書きましたが、動詞の題の場合、仮定形であろうと否定型であろうと全て許容される、ということは既に川柳界でコンセンサスを得ていることだと思います。課題を表記する場合、それを前提に終止形で書かれていると解されるべきでしょう。騙すの場合、騙せるも騙さないもOK。「騙される」という受け身の形は言うまでもなく許容されてきたと思います。今回の場合は「親切が過ぎた」というべきでしょう。
自動詞と他動詞では意味が微妙に異なるので、許容する場合は「集まる・集める」と併記すべきことも、かつて書きました。
鈴鹿でもときどき、うっかりすることがありますね。
さっそくの返答や見解、また、竹里さんには対応もしていただき、ありがとうございます。
「親切が過ぎた」というのはいかにも竹里さんらしくて、いい解釈ですね。
すっきりしたので、がんばって騙そうと思います(締め切りが近づいてからだけど)。
竹里さんの書き込みは見てなかった。平行して書き込みしてたのだろう。
互選の課題は夢草さんでなく、最近は胴元が考えているのですね?
はい、展望ネット句会、柳歩選の題は柳歩さん、互選の題は竹里が決めています。
『川柳展望』の課題吟は誰が題を決めておられるのか知りません。
私自身、展望誌に発表された題を見て初めて「ああ、次はこの題で選句するのか」と知る次第です。