お久しぶりです。秀斗です。
持病により長期療養しておりましたが、周囲の支えのおかげで、少しずつ元気を取り戻し、少しずつ普通の生活が出来るようになってきています。
病床で考えていたことは、「川柳がやりたい」ということだけでした。
今は、前と同じ身体ではありませんが、それでも川柳が考えられる程度の頭になりました。
単純に体力が大幅に落ちたため、以前ほどぽんぽん句作することは叶いませんが、また年明け1月の例会からお邪魔させてください。(できれば、下手くそな句を出しても叱らないでください笑)
たかこさんには連絡済みです。
また、どうかよろしくお願いします。
秀斗さん、お帰りなさい。
以前鈴鹿の大会で一度お目にかかっただけですが、好青年で、良い句を詠まれる人という印象が残っています。
「オキナワが涙のように見える地図」(だったかな?)、私の好きな秀斗さんの句です。
「考えていたことは『川柳がやりたい』ということだけでした」というのは実に素晴らしい。私もそんな気持ちを思い出して、頑張ろうと思います。
あ、でも、焦らないでね。
ゆっくり、のんびり川柳を楽しみましょう。
うれしいお知らせをありがとうございました。
まず秀斗さん、
朝の電話の第一声ですぐ秀斗さんだとわかりましたよ。
来月(新年)からの復帰、うれしくて早くみんなに伝えようと
意気込んで忘年句会のいつもの会場に行ってみれば~
なんたること? 入口は閉められ来年は1月4日からと貼り紙。
え? 会場が使えない? これは困った。どうしよう。とにかく柳歩さんに電話。なすすべもなく車を広い道路に止めて「考えろ・考えろ」とあれこれ思いめぐらす。どうしようも無ければ、自宅でするか。昔ミニ句会を13人参加でしたことがある。 と、ここで、もしかするとと思い直し、カラオケやさんに聞いてみようとなった。が、すぐに名前が出てこない。
「カラオケくすくす」だった。電話に女性の声。二階の大広間が空いていないか聞く。今日の1時から使えるか聞く。上の者に聞くから待てと言われる。男性が出て、いろいろ注意事項を言われて、オッケーをもらう。
ここからが、もう一つ大変だったけど、連係プレーで助けられた。最初の予定の13人が1時過ぎにカラオケくすくすに集合できた。
皆さん、本当に申し訳ありませんでした。
秀斗さんの明るいニュースが無かったら、私はサーキット道路の真ん中に寝転がって車に轢かれてもいいと思ったことでしょう。
失敗をするとしばらく気を付けるのですが、また同じような失敗をしかねない。
気を付けなくては…
はじめまして。今年の1月から復帰した樋口りゑと申します。
秀斗さんの句は“すずか路”で拝見したことがあり、
“ヒリヒリしたナイフのような句を作る人ですね”
とコメントしたら伊勢のk子さんが同意して下さいました。
私が復帰したのと秀斗さんがお休みしたのとが重なってしまったようで、久美子さんに
“りゑさんが絶対喜ぶ若い男性がいたんだけど…”
と悔しそうでした。でもそのうちお会い出来そうですね。
今日は例会と忘年会でした。たかこさん柳歩さん本当にお疲れさまでした。
帰りに白子駅まで送っていただいたのですが、名古屋方面の急行が出た直後。
長く持たないといけないな〜と思っていたら、一足先に着いた比呂志さんに、
“特急に乗るよ!!”
と言われて、あわてて特急券を買い乗車しました。
比呂志さんがいなかったら、帰宅はずいぶん遅くなっていたでしょう。
お金ってこういうときに使うんだなと勉強になりました。