10日から12日の連休(暦)は、私にとってこれまでの人生で最もせわしく、緊張しかつ、楽しい三日間でした。
11日の、東奥日報社主催の「青森県川柳大会」は昭和21年に第一回、今年は78回目の大会で、特別選者と講演者ということで招待されていました。同社の元執行役員で誌友、というより川柳展望の重鎮のT氏から事前にお話は伺っていたものの、同社から具体的に連絡があったのは5月7日でした。講演は1時間とあり、ぞっと(?)しました。
6月の「鈴鹿市民川柳大会」を控え事前投句の受付など、ますます多忙になっていった時期で、なかなか講演の構想の準備にもかかれませんでした。
『川柳すずか』7月号の編集は、頑張って早めに終わり、入稿も早かったのですが、私は10日から3日間留守にするのもあって、補佐に就任後初めて発送作業に加われませんでした。たかこさんには迷惑をおかけしました。
大会の模様など詳細はまたにしますが、T氏には前夜から12日の弘前城見学まで徹頭徹尾お世話になりました。
ともかく、出来はともかく重責が果たせてホッとしています。昨夜8時過ぎ帰宅、夕食後パソコンを開けてみたらスゴイメールの数。迷惑メールに指定してあるものは一括削除、ネット句会の18件は今朝から受付処理をしました。もう明後日が締め切りなのですね。今現在165句頂いています。
『川柳すずか』7月号は本日中に殆どの皆さんに届くのではないでしょうか?
台風上陸で心配していたのに、弘前城見学までしてたんですね。
まあ、青森まで行って何も見ずに帰るのもつまらない話ですけどね。
ともあれ、無事のご帰還、何よりです。
昭和22年に第一回、ですね。両端入れですから。