名句?鑑賞       吉崎 柳歩

  名句とは誰が決めるものでもなく、人口に膾炙されて初めて名句ということになるのだろう。
 人口に膾炙されるには、多くの読者の眼に留まらなければ始まらない。その意味では現代より「俳風柳多留」や六大家の時代の作品の方が「名句」として認知されやすかったかも知れない。あまりに母数が多いと、いかなる佳句、秀句も同人や誌友、大会参加者の眼に触れるだけで「読み捨て」されて終わりである。現代は人口に膾炙される悠長な時代ではないのである。
 そこで私は、私の偏見と独断に於いて、過去五年間の「県民文化祭」「みえ文化芸術祭」作品集から「名句?」を拾い上げてみることにした。題詠では「題のこなし方」も佳句の要素に成り得るが、ここでは無視した。これらの名句候補の中から、一句でも「人口に膾炙される正真正銘の名句」が生まれてくれれば幸いである。

○第九回大会作品集より

辻褄が遠いところで合っている             扇田比名子
  いいにしろ悪いにしろ、結果というものはすぐに従いてくるとは限らない。因果応報。長い目でみることだ。
 
遠回りしてしあわせに逢いにゆく            宮村 典子
 「しあわせ」には一刻も早く逢いたいものだ。しかし、その予感さえあれば、しあわせに逢う時間を少々引き延ばしてみるのも、幸せなことである。

野の花に生まれ諦めぐせを持つ            木野由紀子
 句主を思い浮かべれば、「野の花」がややリアリティーに欠ける。たいていの人は見向きもしない野の花。運のいい野の花だけが手折られる。

裂け目から出る雑草は抜きにくい            伊勢 星人
 いい川柳は、具象を詠んで真理を突いているものだ。裂け目が先か雑草が先かは知らないが、会社経営や柳社の運営にも言えそうだ。

張り裂けるとき風船はほっとする            橋倉久美子
 風船の擬人化が面白い。「張り裂ける」ことは一大事だが、限界まで膨らまされた風船の心情を思うと納得させられる。

美しく裂けると直るのも早い                青砥たかこ
 「美しく裂ける」が意味深だが、確かにきれいに切断された指は縫合も可能である。しかし男女関係というものは、まず美しくは裂けない。

葬儀社が来て葬儀社がかたづける           橋本征一路
 看護師さんが清拭(せいしき)などしてくれている間に携帯で葬儀社に依頼。一昔前までは大仕事だった葬儀も楽になった。人生の最期は葬儀社が仕切      る。

傾いたまま九条が立っている              奥野 誠二
 ただ単に憲法が危ない、九条を守ろう、では川柳にならない。この辺が社会詠の難しさである。傾いた九条を辛うじて支えているのは、私たちである。

帰りやすいように迎えるお客さま            坂崎よし子
 大切な「お客さま」には、歓待の気持ちを示そうと、ついつい過剰な接待になり勝ちである。相手の気持ちや事情を慮る、細やかな心情が窺える一句。

手鏡に探すわたしという他人              橋本美恵子
 今日の私はいつもの私ではなかった。なぜあんな事を言ったのだろう?なぜあんな態度をとったのだろうと、手鏡の中に探しているもう一人の私。

生きてます毒まんじゅうが大好きで           矢須岡 信
 この頃、政界に「毒まんじゅう」という比喩が流行った。時事を離れてもこの句は生きている。毒まんじゅうに食欲がなくなったら男も終わりか?

○第十回大会作品集より

金魚鉢より大きくは育たない              橋倉久美子
 穿つ、とは物事の真理を突く、という意味と「穿った見方をする」の穿つ、がある。この句は穿った見方をして物事の真理を突いている。納得、納得。

吊されて少しゆらゆらする抱負             大嶋都嗣子
 やはり抱負というものは自分の胸に抱いているほうがいいようだ。他人の目に明らかにすると、気の弱い人間の抱負は、動揺してしまうのだ。

逢ってから動き始めた砂時計              久保 光範
 束の間の逢瀬。恋人同士にとって時間はあまりにも短い。許された時間がどれだけあろうと、砂時計の早さで刻は経ってしまう。
 
栓抜きがないと宴が始まらぬ              橋本征一路
 ごもっとも。缶ビールではないので栓抜きは必需品。すぐお持ちしますので乾杯の音頭は少々お待ち下さい。

友だちの一人になって恋終る              稲葉 岩明
 双方が意識して初めて恋は成就する。成就した恋は得てして汚れ勝ちである。片想いに終わった恋はいつまでも美しい。潔くあきらめよう。
 
いい明日を迎えるために忘れよう            池上 道子
 それがいいようだ。人間だけが過去に拘る。不甲斐なかった自分。薄情だった友人。その拘りが明日を不幸にする。さらりとした梅酒のような川柳。
 
テレビ消して朧月でも見ませんか            市岡靖之助
 「見ませんか」は女言葉だが、これは男の発した言葉に違いない。男はロマンチックな生き物だから、時々現実を忘れて朧月でも見たくなるのです。
 
男より多いと思う曲がり角                 橋本征一路
 就職や左遷、定年と、男にもけっこう曲がり角はある。しかし考えてみれば「お肌の曲がり角」以外にも、やっぱり女の方が曲がり角は多い。
 
座布団で守る小さなテリトリー               北田のりこ
 出張から帰ると自分の机がない。これほど怖ろしいことはない。日本人には「身の置き所」はかように大切である。「座布団」は自分の存在証明。

○第十一回大会作品集より

尻尾でも主流についている気楽            寺前みつる
 蜥蜴の尻尾切り、とも言われるが、大体に於いて長いものに巻かれていたほうが安全である。尻尾は気楽、そしてしたたかである。 
 
気を楽にし過ぎノーヒットで終わる           矢須岡 信
 とかく日本人は、緊張したり気負いすぎたりして肝心な時に失敗する。さりとて気楽すぎても結果を残せない。「適度」というのが難しい。

高い樹を降りて気楽な猿になる            高橋  忠
 ボス猿になれば餌にも美女にも真っ先にありつけるが責任も伴う。場合によっては命をかけて敵と戦う。権力を取るか気楽をとるか?それが問題だ。
 
どんじりを走ると風も味方する             荻山 幸重
 柴田午朗さんの(マラソンのビリを走れば秋の風)を思い出した。どちらものんびりして、いい句である。風に背を押されてマイペースで行こう。

伝令が走るゲームが動き出す              稲葉 岩明
 零点が連なる息づまる投手戦。先頭打者が塁に出てやっと巡ってきたチャンス。相手チームのマウンドにも伝令が走る。緊迫感、躍動感が感じ取れるいい川柳だ。

名残り惜しくてゆっくり車走らせる           橋倉久美子
 親しい人であれ懐かしい場所であれ、またいつか逢えると思っても名残りは尽きない。車をゆっくりゆっくり発進させている情景が目に浮かぶ。

カマキリの愛は証拠を残さない             水谷 一舟
 カマキリの雌は、交尾が済んだら雄を食べてしまうとか。愛された後に食べられるのを承知で女性に近付く、一舟さんは男の中の男。 

感情の激しい毬が落ち着かぬ             高橋  忠
 毬の擬人化が見事である。自分の手の内にある可愛い可愛い毬だが、感情の激しいところが偶に傷。可愛いが、いささか持て余している?     

浮き上がるまでの深さを語らない            宮村 典子
 北京の金メダルは、アテネの後、地獄を見た末での金メダルである。浮き上がるまでの深さを、我々はマスコミの報道で初めて知らされた、

無邪気にはなれぬ貧しいかたつむり          森  繁生
 かたつむりは寡黙だ。そして不器用でいつも出遅れる。だから、かたつむりはずうっと貧乏なままだ。私もおんなじ。無邪気になんかなれっこない。

ダイソーの数珠でとにかく駆けつける          東川 和子
 この際どんな数珠でもいい。駆けつけることが大事。「ダイソーの数珠」で慌てて買いに走ったことが分かる。

裏庭の木の実は秋の不発弾               木野由紀子
 「想う人には想われず〜」思うように行かないのが人生。虚しく過ぎてゆく秋。弾丸に似た「木の実」が実に適切。

○第十二回大会作品集より

アルバムの中の昔はよい昔               北田のりこ
 辛かった日々も思い出となれば懐かしい。まして写真となれば、概ね楽しいときに撮るもの。アルバムの中にはいい思い出ばかり詰まっている筈だ。

ペットボトルのお茶では語れない昔           橋本征一路
 それはそうだろう。昔話はじっくりと語るものだ。では何のお茶ならいいのだろう? お茶ではなくビールか?それもキリンビール。

美しい昔にしたいから逢わぬ               橋倉久美子
 中学の時の初恋の人(久美子と言う)と、十五年前から賀状のやりとりをしているが、高一のとき以来会ってはいない。やはり逢わないほうがいいか?

噴水の高さ昔を語り合う                  奥野 誠二
 「噴水の高さ」が意表を突く。そしてまことに適切である。肩書きを取れば何者でもない今の自分。だからこそ絶頂期の昔を自慢し合っているのか? 
 
恋が実った小さな駅を忘れない             竹岡 訓恵
 詰襟とセーラー服の小さな恋。恋が実ったふるさとの小さな駅は、小さい駅ゆえに、その佇まいは昔と変わらず、ふるさとに現存する。 

誉められてからたくさんの実をつける          大嶋都嗣子
 学校の職員室にでも貼っておきたい句。叱っても貶しても生徒は奮起などしない。ただ誉めればいいわけではないが、自信を持たせてやるのが肝心。

やれやれの形に服が脱いである             藤森 弘子
 「やれやれの形」を想像してみるだけでも楽しい。「やれやれの形」という言い回しが卓抜である。

やれやれと思うあたりで出会う風             澤村  武
 山登りに例えれば八合目辺りか?尾根道に出れば爽やかな風が吹いている。汗を拭いてひと休みして行こう。頂上は見えているが、先はまだ長い。 

おんなという袋をいつも持ち歩く              相馬まゆみ
 近頃はエコバッグが主流になってきた。主婦と言えば買い物袋。女と言えばお袋。でも「おんな」と言う袋も忘れないで欲しい、と句主は言っている。

袋から出すと大きくなる噂                  井垣 和子
 女のもつ袋には噂袋というものもあって、機会あるごとにネタが放り込んである。だいたい使うために入れてあるのだから、口の紐が緩いのは当然。 

入れ過ぎても失礼になるのし袋              坂崎よしこ
 そうかも知れないが、貰う立場としては構わないような気もする。しかし、いい句を拝見させてもらった。お祝いを出すときはこの句を思い出そう。 

プライドの先に小銭の落ちた音              松本きりり
 「プライドの先」が絶妙。句意とマッチして面白い。小銭の落ちた音を確かに聞いたのだが、プライドが邪魔して逡巡する。

○第十三回大会作品集より

あしたがあるさと大時計は回る              矢須岡 信
 大時計は大きいほど良い。同じ時刻でも、大時計ならゆったりと流れる。 ゆっくりとあしたに備えよう。
 
本物はちょっと変わった歌い方              久保 光範
 プロとして上手いのは当たり前だが、ヒットした持ち歌には、その個性から来る歌い方の味がある。細かいところをよく見て佳句に仕上げた。

もうちょっとだけを一生追いかける             堤  伴久
 人間を喝破した作品。もうちょっとお金を、もうちょっと愛を、肩書きを、地位を、名誉を、と人間の欲望に際限はない。もうちょっと若さを、命を!

毎日が出番の使い良いお皿                青砥たかこ
 「マチエール」にある(どこまでも沈む機嫌の悪い皿)という名句には及ばないが、主婦の感覚を生かした佳句。 使い良いお皿は誰かの比喩かな?

その人に繋がる何も彼も憎し                新 万寿郎
 女性が詠んだのなら「その人」は「あの人」だろう。可愛さ余って憎さ百倍。 男だって失恋は辛い。なのに女は「かんにんな」で済むと思っている。
 
淋しくて老いをおだてる本を買う               丹川  修
 「ほんとうの時代」くらいしか、すぐには題名が浮かばないが、ありますねえ。老いを励ましてくれる本、と思っていたが「おだてる」本だったのか。

寂しさも酒の肴になる夜長                  吉岡まさ代
 私が秀句で抜いた句。酒には弱いが、いつも寂しい私の胸にじんと響いた。 いつか妻の留守の晩に、独りしみじみ、寂しさを肴に飲んでみたくなった。

雨の日は雨のプランがある二人              西田 令子
 とにかく楽しそう。愛し合う二人には怖いものなんかない。十代、二十代の娘さんのような作品。句主はいま青春真っ盛りに違いない。
 
女という低いところに雨が降る               小河 柳女
 現代川柳としては異議のある男性もあろう。「男という〜」と詠みたいところかも知れぬ。しかし、まだまだ日本は男社会。女が泣くケースが多い。

夕焼けの海に落としてきた涙                広森多美子
 これはまたロマンチックな一句。「焼く」という課題に対しては「字結び」とも取れるが、自立した句と見れば、しっとりとした佳句である。
 
はねるからご注意 わたしを焼くときは           坂倉 広美
 九・九になっているので「ご注意」の「ご」を省きたいが、句意が句意だけにそのままにする。天の邪鬼な句に手を入れて、火傷をしてもつまらない。


 「俳風柳多留」を編纂した、呉陵軒可有の気分だった、と言っても良い。
入選句の中から、後々に名句として残りうる「二次選」があってもいいのではないか? と思った。
                                                                                   (おわり)