|
|
目次24年6月号 ・巻頭言 「第10回大会を迎えて」 ・すずか路 ・小休止 ・柳論自論 ・川柳・人と句「 時実新子さん」 ・例会 ・例会風景 ・没句転生 ・インターネット句会 ・特別室 ・アラレの小部屋 ・前号「すずか路」散歩 ・誌上互選 ・ポストイン ・みんなのエッセイ・その他 ・大会案内 ・編集後記
|
柳歩 柳歩整理 柳歩 たかこ 柳歩 清水 信 久美子 鈴木順子さん たかこ |
|
巻頭言 | |
第10回大会を迎えて 平成十四年に「第一回鈴鹿市民川柳大会」の開催を企画してから早や十年、この六月二十四日には第十回大会を迎えることになる。 過ぎ去ってみれば、あっという間の十年であるが、十年はやはり十年、けっこう長い歳月である。〇歳の子が十歳になり、十歳の子が成人になる。五十歳が六十歳になり、七十歳が八十歳になる(当たり前か?)。 五十八歳だった私もこの四月に六十八歳になった。尊敬する伊藤竜子さんが亡くなった年齢である。乾 和郎さんは第一回大会に出られた一ヶ月後、六十七歳で亡くなった。そして十年先は七十八歳になる。大恩人の中田たつおさんは七十六歳、川柳天守閣の久保田元紀さんも七十二歳でこの世を去られている。この先十年間は油断のならない十年間である。 平成十四年二月に、青砥たかこ会長と、不肖わたくしとでコンビを組んで以来、鈴鹿川柳会は確かな歩みを続けて来た(と言っておこう)。今から思うと、五十一歳と五十七歳のコンビである。その時はちっとも思わなかったが、「若いコンビ」だったわけだ。エネルギーもまだ、けっこう充満していたのかも知れない。 その分、意見が合わないと破綻し易いコンビでもあったのだが、十年の長きに渡って力を合わせて来られたのは、「この大会があったから」とも言えよう。喧嘩別れをしようにも、すでに今年の選者も依頼してある。チラシも刷って配ってある。この大会に足を運んでくれる柳友がいる。そしてなにより二人を盛り立ててくれる鈴鹿川柳会の仲間がいる。喧嘩別れして途中で放り出すわけには行かないのである。 今年の大会に向けて事前投句をいただいた中には、第一回からの皆出席者が十三人いらっしゃる(大会スタッフを除く)。その方々には、感謝の気持ちを込めて、ささやかな記念の品をお贈りする予定である。尚、次回の記念品贈呈は十年先である。 柳歩 |
すずか路より |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
川柳 人と句4「時実新子さん」 たかこ |
何だ何だと大きな月が昇りくる 汚しなさいさあ私が雑巾よ
あたしゃイヤだよ恨みっこなしなんて 生理的に相田みつをの字がきらい よく冷えた月が出てくる西の山 |
|
特別室 |
歌人・山中智恵子
山中智恵子の不幸は、彼女の文学を好んで論ずる者が殆んど、自己陶酔型の人格や、てんかん気質型の者で、先ず自分の惚れ方や認め方に酔っていて、それを夢中に綴るので、論理とレトリックに欠け、説得力の薄弱さが露呈しているせいである。
例えば、一九九一年八月二日、三日と勝浦の越之湯旅館で開かれた会では、多田、渡辺、天野、田村の先着者の前に少し遅れて、颯爽と現われた山中を、こう描写する。
女性作家に限ったことではないが、美意識はその生命である。こういう衣装の描写は、自己陶酔型の評論家には及ばぬ、彼女の真価に触れているのだ。
この連載が本になったら、自分は早速購入するだろう。 主宰の秀歌を引く。 ・無名の男無名の鬼となりたるかまなつ静かな葬列にあう
▼千葉県松戸市西馬橋広平町128 (文芸評論家) |
誌上互選より 高点句(一人5句投票) | ||||||||||||||||||||||||||||||
|