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目次28年11月号 ・巻頭言 「彼岸花」 ・すずか路 ・小休止 ・柳論自論「韻文としての川柳(下)」 ・没句転生 ・人と句(追悼・水谷一舟さん) ・例会 ・例会風景 ・特別室 ・アラレの小部屋 ・前号「すずか路」散歩 ・誌上互選 ・インターネット句会 ・ポストイン ・エッセイ・あしあと
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たかこ 柳歩整理 柳歩 たかこ 清水 信さん 久美子 川喜多正道 |
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巻頭言 | |
「彼岸花」
秋盛り、休耕田を利用してコスモスが大流行りしています。私の散歩コースにも見事に広いコスモス畑があり、道行く人の心を癒しているようです。 さて表題は「彼岸花」。真っ先に秋を知らせてくれる花です。十月号から少し抜粋してみました。
忘れずに律儀に咲いて彼岸花 小寺八重子 ヒガンバナはヒガンバナ科ヒガンバナ属の多年草です。クロンキスト体系ではユリ科。球根は宿根・多年草。「リコリス」の和名です。花言葉は、色別もあるが『情熱』『独立』『再会』『あきらめ』など多くあるようです。句にもあるように墓のそばに群生するため不吉な花とされています。また名前は数えきれないほどあるようで、興味があれば書き出されるといいと思います |
すずか路より | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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特別室 |
きついところ 清水 信 『川柳ジャーナル』119号(昭和48年11月刊行)に、私は「現代川柳管見」という一文を書いている。その頃この雑誌は、
・編集人は石田柊馬(京都右京区梅津) という風で、全国的な規模を示していたが、原稿依頼は時実新子から来た。
私の文章のタイトルは「生きたいか」であった。巻頭に2段組4ページで収められたが、後記で石田柊馬が自分の文中にある「今、川柳はきついところに来ている」という言葉を引いて「つくづく思うのは、他ジャンルへの眼を、今の川柳界がほとんど持っていないこと」への打撃として読んだと書いている。
・時実新子の「青鬼とわたし」
などであり、作品発表の6ページより多い紙面を使っている。その頃、時実は姫路市鍵町40に住んでおり、自分とは書信の往来があった。私は河野春三と松本芳味に関連して論を進め「川柳とは、プロレタリアの短詩である」という松本説に共鳴を示している。
美文捧げまつる精神的娼婦 時実の怒りは、この男たちの抱くコンプレックスは、その自負心の裏返しにすぎないと断じ、「一見幸福そうに見える女」の中に巣食う地獄が見えないか、小憎らしい怠け者めと叱っている。 (文芸評論家) |
誌上互選より 高点句(一人5句投票) | |||||||||||||||||||||||||||
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