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目次26年12月号 ・巻頭言 「 眠れない夜のために」 ・すずか路 ・小休止 ・柳論自論「前句付けと課題詠(中)」 ・没句転生 ・川柳・人と句「 前田須美代さん」 ・例会 ・例会風景 ・特別室 ・アラレの小部屋 ・前号「すずか路」散歩 ・誌上互選 ・インターネット句会 ・ポストイン ・お便り拝受・エッセイ・その他 ・大会案内 ・編集後記 |
柳歩 柳歩整理 柳歩 柳歩 たかこ 清水 信さん 久美子 木本朱夏さん たかこ |
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巻頭言 | |
「眠れない夜のために」
5年前の巻頭言で「無念無想」のタイトルで書いたことがあるが、今回はその続編というか補足である。と言ってもどなたも憶えてはいらっしゃらないだろうから、要旨を再述しておく。 柳歩 |
すずか路より |
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川柳 人と句34「前田須美代さん」 たかこ |
ああ友よ今焼香の列にいる
好きにしてくださいそれが答えです
欲は捨てたわブランコに揺れながら 温泉に酒日本人でよかったわ |
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特別室 |
薫風のこと 清水 信 前述の『川柳塔』一〇四三号は、橘高薫風の特集号ではないが、随分薫風のことが出てくる。とりわけ木本朱夏の「薫風曼荼羅」には、教えられることが多く、むしろ感動した。 句集『檸檬』の中には、次のような若々しい作があるという。 ・恋人の膝は檸檬のまるさかな かと言って、恋の唄だけではなく、政治風刺の作も多い。 ・政治家の顔は自然と相容れず
橘高薫風、本名薫は、大正十五年七月、尼崎市生まれ。「ハナ・ハト・マメ・マス」時代の小学校国定教科書を音読するのが趣味だったという病弱の子で、やがて川田順編の『幕末愛国歌集』の音読へと変化していったという。 ・入院やわが来し方の土埃 石田波郷の俳句に大きな影響を受けつつも、川柳に専念。三十九歳の時、第一句集「有情」刊行、その清新な知的抒情性が高く評価された。 ・紫の椅子の愁いはわが愁い 次いで句集『檸檬』や『肉眼』を発刊し、四十九歳にして「橋の会」を立ち上げた。片肺飛行と自嘲して、酸素ボンベを道連れに、橋の会支部の活動のため、全国を行脚して、意外に長命を保った。 ・昼寝覚めホトケと極楽へ墜ちる
すでに達観の姿勢である。しかし川柳について言うには「作家は過去を踏襲してはならない。新しい句境を常に拓いて行く情熱と精神がなければならない」とある。 (文芸評論家) |
誌上互選より 高点句(一人5句投票) | ||||||||||||||||||||||||
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